夏侯氏は夏侯覇の従妹で張飛の妻です。これは陳寿の記録にはなく、裴注の『魏略』に載ります。誰の娘かわからないため実際の姓は不明という、存在の不確かな女性です。詳細は夏侯氏記録 に載せたので、そちらを参照してください。

−4つの要点-
夏侯氏は薪とりに出かけたところ張飛と結婚し、夏侯淵の戦死時は埋葬を請い、夏侯氏の産んだ娘が劉禅の皇后となり、皇后の産んだ子は夏侯氏の甥だと記録されます。
よくよく考えると怪しい箇所があります。
不審点は以下の四つです。
1.張飛と出会う状況
2.劉禅の皇后の息子
3.夏侯淵の埋葬を願い出る状況
4.出典

1は夏侯氏は誰の娘の−本当に夏侯家の娘か−の段落とほぼ同一のため、そちらを閲読してください。
この経緯は良家の娘という情報がウソか、この出会いがデタラメではないか、と考える余地があります。
2は夏侯氏の孫の存在のページに記載しました。
側室の子が劉禅の皇太子でありながら、後継者問題が起きなかった点が怪しいです。

−夏侯淵の訃報−
3は、夏侯氏が夏侯淵の戦死時にどこに居たのかが問題です。
夏侯淵が亡くなる時は219年1月、漢中にて劉備軍と曹操軍が争った時期です。黄忠によって益州刺史・趙ギョウと共に斬り殺されました。
漢中の地は215年に曹操軍が張魯を降し、それ以降曹操軍の夏侯淵や張コウが駐屯していました。
夏侯氏の夫たる張飛は漢中の侵攻軍に加わっており、その従軍に夏侯氏が付き添ったのでしょうか。
夫人の従軍は君主の妻(例:曹操の卞后,曹丕の甄后)に記録があるものの、一介の臣下の妻が付き添う事例は見つかりません。
兵糧や行軍の面で、いち臣下の家族も同伴させていては無理無駄が多いですからね。
他に夫の赴任地へ移り住む場合(例:趙昂妻の王異)はありますが、侵攻する側の劉備軍では考えられないでしょう。
つまり、夏侯氏は戦地にいなかった可能性が高いのです。
戦地にいない夏侯氏が夏侯淵の死亡を聞き届けた時、遺体は放置されて何日も経っていたでしょう。
どれが誰の遺体かわからなくなるような状況で、夏侯淵の埋葬を頼むのは無理があります
無理を承知で願い出たのでしょうか。結局聞き入れられたのか記録がありませんし、尻切れトンボなお話です。
この一件は夏侯淵の埋葬自体はどうでもよく、張飛の妻が夏侯淵の親戚であることを強調したいがために語られた節があります。

−蜀漢では語られなかった存在−
4は、夏侯氏の話が『魏略』にしか記載されていないことを指します。
この『魏略』は書名の通り、主に魏に関する記録をまとめたものです。身内しか知りようのない話まで載っています。
いわば魏の国内で出来たと思われる史書です。
それがこれほど蜀の内情を細かく記述しています。不自然ではありませんか。
蜀出身の陳寿は夏侯氏のことを一切触れていませんし、蜀地方の事を多く記録した史書の『漢晋春秋』や『華陽国志』にも記録がありません
ここから考えつく発想は、夏侯氏の話は蜀ではなく魏の地方で広まった話ということです。
それはつまり、高確率で実際の出来事ではないのです。
仮に他国にまで聞き伝えられるほど有名な話で、その影響で『魏略』に記録されたとします。
それほどに著名な話を、陳寿が全て省いて『三国志』を編纂したことになります。
事実かつ有名な話であるのなら起こり得ない現象でしょう。
夏侯氏の存在は、魏の地方で語られた作り話の可能性大です。

−夏侯氏を騙った理由−
夏侯氏という存在を作る最大の利点があります。
それは晋へ降った蜀の人たちが、肩身の狭い思いを和らげることです。
元々は敵同士です。仲良く付き合う接点があるとすると、それは婚姻関係です。
ちょうど夏侯覇という、元は魏の将が蜀に降った経歴があります。
そこから、実は夏侯覇は蜀の劉一族と縁戚関係にあった、とする話をすれば、「親戚だから仲良くしましょう」といった雰囲気に持ち込めます。
なお、晋が成立した後も繁栄した夏侯一族はいます。
夏侯覇の弟の息子・夏侯荘は司馬家と親戚関係でした。
司馬師の妻の羊一族との繋がりですが、そのおかげで一門は栄えたと言われます。
夏侯覇の従妹という人が存在する事で、めぐり巡って蜀の劉一族も司馬一族と親戚だと言えてしまうのです。
ここまで出来過ぎた話が本当にあったのでしょうか。
あいにく、個人的にはもっともらしい話の連続としか受け取れません。
第一、この夏侯氏がどの家の出なのか不明瞭です。
彼女は夏侯一族との血縁が重要な人物でありながら、明記されるのが夏侯覇との関係だけです。
わざとぼやけた表現にして、虚偽を誤魔化そうとしたようにも感じます。
どう思われるかは各々方の自由ですが、当サイトの結論では夏侯氏は架空人物だと主張します。

夏侯氏の存在は、蜀の人々が懸命に生き残ろうとした痕跡かもしれませんね。

蜀の女性へ戻る

14/7/22up
11/11/19Blog

inserted by FC2 system