杜泰姫
杜泰姫は南鄭の人で趙宣の妻である。七男七女を生んだ。元珪・稚珪の誉れが有るように、五人皆に令徳が有った。男の子に教えて言う、「中程度(の人徳)の人の性情は、上にも下にもなる。大切なのは自己管理にあります。放置したままであれば、悪に陥る。昔、西門豹は、柔らかなゆったりした韋(なめしがわ)を帯びて、己の性急さを抑えたし、宓子賤(フクシセン)は弦を帯びて己の緩慢さを誡めた。このように己を自制し身を改める姿勢を持って、天下の名士となったのです」と。娘や嫁達を誡めて言う、「私が身ごもった時は清順を旨とし、生んだ後は子の信頼感を養うよう撫愛を心掛け、(子が)成長してからは先後に威儀を大切に、左右には礼貌に心掛け、監臨には恭敬を旨とし、勉めるには懃恪を、心の内にそなえるのは孝順を、己が身を立てるには忠信を。このようにすれば全て成功し、善ならぬことはありません。おまえ達が私の教えを忘れないことを願います」と。後、七子は共に辟命・察挙され、州には牧として、郡には守として名を成した。そして漢中太守・南鄭令、多くは七子と同歳の秀孝・上計のうち、泰姫を脩敬しない者は無く、子孫の礼を執ったという。

【華陽国志巻10之10】



野史列伝へ戻る

14/11/4up

inserted by FC2 system