趙娥
酒泉郡(甘粛省)の龐淯(ホウイク)の母は趙家の娘である。字は娥。父は同県人に殺された。その上、娥の男兄弟三人がいずれも病で亡くなった。仇は喜んで、
「これでわしを仇と狙う者は一人もおらん」
といって祝った。趙娥は密かに怨みを抱き,刀を用意し、いつも馬車に幌をかけて仇の家の様子を伺った。十年余りたったが討てずにいた。ある日、大きな宿場で仇に出会い、刺し殺した。その足で県庁に自首して言った。
「父の仇は討ちました。どうぞ死罪を申し付けてください」と。
福禄(甘粛省酒泉県)の長官・尹嘉は、天晴れと思い、県令の印綬をほどき(辞任し)、一緒に逃亡しようという。趙娥は逃げる事を承知せず、こう言った。
「怨みを晴らして死罪になるのは、私の運命です。罪人を捕えて処罰するのは、長官さまの本来の職分です。どうして命惜しさに国法を曲げられましょうか」
その後、大赦が行なわれて趙娥は放免された。州と郡で趙娥の村の門に表彰の額をかかげた。太常(礼楽・祭祀を司る)の張奐は感嘆して絹を贈った。

【巻84・龐淯母伝】



後漢列伝へ戻る

14/11/4up

inserted by FC2 system