蔡琰−2
董祀が屯田都尉に就任していた時、法を犯して処刑されることになった。文姫は曹操のもとに行き董祀の助命を願い出た。この時は公卿名士と遠方からの使者が座敷に大勢いる。曹操は賓客に言った。
「蔡伯喈の娘が外にいる。今諸君に見せてさしあげよう」
文姫が座敷へ入ると、髪を振り乱して歩き、頭を地につけて夫の罪を詫びた。言葉は明晰で道理にかなっており、内容は非常に悲哀に満ちている。座にいる者すべてが身なりを正した。曹操が言う。
「(お前の言葉が)まことに真実ならば気の毒に思う。しかし令状はすでに手元を離れてしまった。どうしようもない」と。
文姫が言う、「殿が所有する馬屋には馬が一万匹おり、虎のように勇猛な戦士は林のごとくいるはず。どうして足の速い騎兵一人を惜しみ、今にも死のうとする命をお助けにならないのですか」と。
曹操は文姫の言葉に感じ入り、使いを出して董祀の罪を許した。
この時は気温が寒く、曹操は文姫に頭巾と履物を賜った。そこで曹操が文姫に尋ねた。
「夫人の家には貴重な書籍がたくさんあったと聞いておる。今も書の内容を覚えているかね」
文姫「昔、亡き父より書を四千巻ほど賜わりましたが、戦乱の中で苦難に遭ううちに失ってしまいました。今、暗誦できますのはわずか四百篇あまりです」
曹操「今、十人の役人をよこして夫人に就かせ、書の内容を書かせよう」
文姫「男女の別があり、男女が親しく物を受渡ししてはならない礼法〔1〕 を聞いております。どうか私に紙と筆をお与えください。楷書でも草書でもご命令のままに書いてさしあげましょう」
こうして復元した書籍を曹操に送ると、書き間違いは一つもなかった。
 後に文姫は戦乱で遭った経験を思い出し、悲痛憤慨して詩を二章作った。

【巻84・董祀妻伝】

〔1〕『礼記』曲礼中の言葉。男女は雑居してはならず親授してはならない等、夫婦または家族でない異性同士の交流を戒めた教え。

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